日本史が好きになる?歴史ブログ

このブログを見て、少しでも歴史を好きになるお手伝いができれば良いと思います。

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徳川家康も教訓にした、平清盛の最大の失敗!?

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保元の乱の後、武士勢力が台頭してきました。その武士勢力の2大勢力平氏と源氏で、いわばライバルでした。

最初に頭角を現してい来るのが平清盛率いる平氏一門。しかし、清盛はこの時、自らを滅亡へと追いやるミスを犯します。源氏の嫡男である源頼朝を処刑しなかったことです。

 

源頼朝を生かしたことで、やがて平氏一門を滅ぼす事になります。

 

この平清盛の最大の失敗である源頼朝の処遇について保元の乱平治の乱をおさらいしながら見ていきましょう。

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江戸時代の物価と庶民の暮らし

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昔の物価を比較する事はとても難しいことです。

 

当時、流通していた商品やサービスを単純に現代の価格で直すことは到底不可能であり、専門家ですら様々な条件を付けて【一両】をいくらとする設定をします。 その設定額も、専門家により一両が4万円だったり、30万円だったりかなりの開きがあります。

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幕府から目をつけられてながらも、加賀百万石を守った二代目藩主前田利常

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加賀藩は、外様大名と言う立場であるにもかかわらず、御三家に準ずる高待遇を受けていました。幕府が一国一城令を発したのにもかかわらず、一国二城が認められるなど異例の扱いも受けていました。

 

しかし、そんな高待遇も幕府設立当初からでもなかったようで、やはり最初は幕府にも目をつけられていたようです。そんな藩のピンチを救ったのが、二代目藩主前田利常でした。

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縄文文化と弥生文化は重なり合って起きていた!?

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縄文土器を使用していたとされている縄文時代は、約1万年も続いており【草創期】【早期】【前期】【中期】【後期】【晩期】と6つの時期に分類されています。

 

これ以前の時代は、旧石器時代で最終氷河期とも重なっています。

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明治維新の立役者たる藩はどこも裕福だった!?

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江戸時代は、商品経済が目覚ましい発展を遂げた時代でもありました。その一方で、特権階級の非生産階級の武士も維持する必要もあり、幕府の歳出は18世紀~19世紀までの100数年で倍近くも増えています。

 

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わかりやすい古代の土地制度流れ ~初期荘園ができるまで~

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古代の土地制度は、天皇を中心とした支配体制の重要な側面になっており、かつ国家財政を左右するものでした。

 

土地制度の一つ一つが社会的背景と直接リンクしているために政治だけではなく、経済や法整備などの様々な要素がからんできます。

 

古代の税は、稲を中心とした農作物でした。

税がしっかりと入ってくるかどうかは、国家財政にとって大きな問題なのは古代も現代も同じです。そのため、効率的な税の徴収を行うために、土地制度にも様々な取り組みがなされています。

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古代政権の蝦夷との戦い

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歴史上で日本と言う国名が使われ始めたのは、天武天皇の頃672年であるとされています。私たちは、日本と聞くと北海道から沖縄までと認識しますが、古墳時代にヤマト政権が誕生したころの日本は、私たちの捉えている日本の示す範囲は全くと言っていいほど異なります。

 

 

現在の認識する範囲になったのは明治時代になってからなのです。 

 

 

古代政権は東北との戦いや近世における蝦夷琉球との関係など時代ごとに帰順をめぐってそれぞれの主張がありました。 

 

私たちのクニ【日本】がどのようにして現在の日本となっていったのか? 

 

奈良時代平安時代にかけて東北経営が大きな政治課題であり、どのように帰属を要求したのか見ていきましょう。

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