日本史が好きになる?歴史ブログ

このブログを見て、少しでも歴史を好きになるお手伝いができれば良いと思います。

スポンサードリンク

源頼朝の血筋は途絶えていた、鎌倉幕府9代将軍と執権北条氏

一般的に幕府と聞くと、将軍様を思い出します。室町幕府では足利氏が江戸幕府では徳川氏が代々将軍として幕府に君臨していました。 よって鎌倉幕府の創始者は源頼朝なので、代々源氏が将軍だったのだろうと思いますが、少し勝手が違うようです。 良く考えて…

安土桃山時代から江戸時代までの流れ

安土桃山時代は諸説ありますが、ここでは1573年足利義昭追放から1603年徳川家康が征夷大将軍になるまでの時代とします。 この時代には大きく分けて、織田信長が中央政権を取っていた時期と豊臣秀吉が政権を握っていた時期と分けられます。この2人の名前を取…

後白河院と平清盛

後白河院と平清盛の話をする前に二人の関係を語るには欠かせない、平滋子という女性がいます。平滋子の調整があって初めて後白河院ー清盛態勢が上手く築けていたと言っても過言ではありません。 滋子は元々鳥羽院の娘・上西門院に仕えていたところを姉で清盛…

戦国大名の軍事力はどれくらい?

戦国時代の合戦と聞くと華々しく勇壮なものが多い。1560年の桶狭間の戦いでは、大軍率いる今川義元軍に対し織田信長は少ない兵でこれを撃破しました。 1575年の長篠の戦では、織田信長の鉄砲隊により、武田家のお家芸であった騎馬隊をせん滅させました。この…

二条親政派の瓦解

平治の乱で後白河院政派の政治の要である信西(藤原通憲)と藤原信頼が死亡。元々天皇となるための教育を受けたわけじゃない後白河院は、この二人が亡くなったことで政治力を大きく失います。 そうなれば二条親政派の勝利になるのでは??と思いますが、そう…

平安~鎌倉時代の戦は一騎打ちが基本!?武士同士の戦いの進歩

日本の歴史を見ていくと数々の戦いがあり、どれも両軍が入り乱れて生きるか死ぬかの壮絶なものを想像します。しかし、平安~鎌倉時代の戦いはとてもクリーンで分かりやすいものだったそうです。 その戦の方法とは…

本能寺の変。なぜ明智光秀は信長に反旗を翻したのか?

天正10年(1582)6月2日明智光秀は本能寺に宿泊中の織田信長を襲撃し、自害へと追い込みます。これが一般的に知られる【本能寺の変】です。 これまで光秀の謀反の動機は、戦国時代最大の謎として様々な説が挙げられてきました。今回は、明智光秀による本能寺…