日本史が好きになる?歴史ブログ

このブログを見て、少しでも歴史を好きになるお手伝いができれば良いと思います。

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室町時代

【北条早雲】下剋上の道 其一 北条早雲(伊勢盛時)と今川家との関係

下剋上の始まりは、北条早雲が始まりとされています。 北条早雲は、小田原城を奪い相模を統一すると言う偉業を達成し、5代に渡り後北条氏の基礎を築いた人物です。 北条氏と言うと、鎌倉時代に執権として権力を思うままにした北条氏がいましたが、血のつなが…

鎌倉公方と関東管領の違い。公方様とは誰の事を指していたのか?

室町幕府には、将軍を補佐する役職として【管領】と言う役職が置かれました。 管領は、幕政にとても大きな役割を持っていたので、将軍と共に【京都】にいました。京の都のほかに、武士の本拠地である【鎌倉】の地にも鎌倉公方と言う武士たちを統括する役職を…

後醍醐天皇と室町幕府成立と南北朝時代の背景

後醍醐天皇と足利尊氏は共に鎌倉幕府を倒しましたが、なぜ互いに対立してしまったのでしょうか? なぜ、室町幕府成立後に南北朝時代となってしまったのでしょうか? 今日は分かりずらい鎌倉末期~南北朝時代くらいまでの歴史的背景をわかりやすく紹介してい…

織田信長はどうして今川義元を桶狭間の合戦で討つことが出来たのか?

1560年、駿河の大名今川義元が上洛を目指すために、織田信長の領土である尾張への侵攻を始めます。 今川家は、室町幕府の守護大名から名門の家柄です。 駿河、遠江、三河の3ヶ国を治める義元に対し、信長は尾張一国を統一したばかりでした。この時点での兵…

織田信長の天下布武は最初は小さい天下だった!?将軍追放との関係とは…

天下統一と聞くと一般的に全国を平定すると捉えますが、最近の研究では必ずしも 天下=全国ではないと言う考え方があるそうです。 そのため、信長が岐阜城を拠点とした頃に考えた『天下布武』が全国を武を持って治めると言う意味ではないと言うのです。 美濃…

室町幕府の成立と滅亡までの流れ

最近、戦国時代を書いていると室町時代の流れがイマイチつかめなくなってきたので、大まかな流れを書いてみたので参考になればと思います。 鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が朝廷の政治を復活させるために、建武の新政と呼ばれる新しい政権を興します。しかし、…

応仁の乱と戦国時代の幕開け

応仁の乱は1467年に京都を中心に、東軍細川勝元・西軍山名宗全が戦った大規模な内乱のことを言います。 学生の頃【ひとよむなしい応仁の乱】と覚えた人も多いのではないのでしょうか? 日本の歴史では、この応仁の乱をきっかけに戦国時代へと突入していきま…