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日本史が好きになる?歴史ブログ

このブログを見て、少しでも歴史を好きになるお手伝いができれば良いと思います。

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日本史の流れ(かなり簡略したやつ)

日本史の流れ

今まではそれなりの説明で大まかな流れを書いていたけど、本当に簡単にまとめてみます。

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旧石器時代 日本に人が住み始める。とっても寒い時期。
縄文時代 暖かくなって生活が一変。定住生活や土器を使うように。
末期にはまた寒冷化。
弥生時代 大陸も寒くて戦乱続出。日本へ逃げてきた人により文化流入。
薄い土器や金属器など。農具も出来て稲作が本格的に。
日本国内で争いが多くなる。
古墳時代 弥生時代の争いの末、最終的にヤマト政権が勝利。
リーダーの大王が大きなお墓を作る。大王は後の天皇に。
飛鳥時代 有力者の政争が目立つように。仏教が伝わる。
国家の中央集権化。律令国家を目指し始める。
奈良時代 政治の中心地が奈良の平城京に。
平安時代 都を平安京へ。
仏教で宗派ができたりかな文字ができたりガラパゴス化開始。
地方政治の変化で有力者達が争い始め、紛争鎮圧のため政府が
派遣した人達とかが武士になる。
武士の中でも有力な平氏と源氏が争い始める。
鎌倉時代 源氏が勝って鎌倉に幕府(政府みたいなの)開く。
大陸から蒙古襲来。追い払ったけど恩賞足りず弱体化。
後醍醐天皇討幕運動開始。挙兵した足利尊氏らにより滅亡
(南北朝時代) 後醍醐天皇による公家中心の政治で武士の不満続出。討幕で
活躍した足利氏が武家中心の政府を作ろうと光明天皇擁立。
後醍醐天皇皇位に異議を唱え南朝を開いた事で皇室が分裂。
約60年争いに。
室町時代 足利氏が室町に幕府を開く。貨幣の流通が始まったり自立的
な村ができたり民衆が担い手の文化が出てくる。政権内部で
家督争いが激化して応仁の乱まで発展。乱が終わっても混乱
続いたので戦国大名が登場。
(戦国時代) 戦国大名同士で争いまくる
安土桃山
時代
戦乱が落ち着いて、全国統一の目途が立ってくる。
織田信長豊臣秀吉が活躍。欧州からも人が来るように
江戸時代 徳川家康が統一。初期は積極的に外交してたけど、だんだん
引きこもりに。諸産業が発達して庶民の文化が発達。
飢饉や財政難で時々混乱するけど改革実施したりして何とか
してた。ただ、財政の基盤だった農村で田畑を捨てる人が出
て来るようになると改革は失敗。江戸幕府が揺らぐ中、外国
船がやってきて大混乱に。結果、滅亡。
明治時代 どうにか混乱納めて強くなろうと頑張った。首都東京に。
少しずつ対外戦争が増えてくる
大正時代 民主主義的な運動増加。普通選挙や部落解放、労働運動等。
第一次世界大戦関東大震災があった時代
昭和時代 第一次世界大戦後の戦後恐慌、関東大震災に加え、アメリカ
発の金融恐慌で大打撃。第二次世界大戦→敗戦→復活。
平成時代 今現在進行中。景気悪いのが20年近く続いているよ

 

こんな感じの流れで今に至ります。引きこもりがちだったのが平安時代と江戸時代、積極的に外交してたのは、飛鳥・奈良、明治と言ったところでしょうか。

 

外交している間としていない時の文化は全く違います。積極外交時には文化的にも海外の影響がかなり色濃く反映されます。一方で、平安・江戸と言った海外と接点の少ない時代には独自の文化が発達。外交もしているけど、ある程度距離を置いているよって姿勢の時はその中間。

 

他にも人との交流で新しい病気が流行し、時の政権にダメージなんてこともあったわけです。ここら辺は医療事情や衛生状態、栄養状態なんかも関わるので一概には言えませんが、平安京に遷都した時なんかは『疫病』も理由の一つだったとも聞きます。

 

勿論、それらが文化にしても疫病にしても理由が一つではないにしろ、時の政権の外交政策が文化などに影響したわけです。単純に覚えるだけじゃなく関連付けすることで記憶に残りやすいと思うので、頭の片隅にでも置いといてください。