日本史が好きになる?歴史ブログ

このブログを見て、少しでも歴史を好きになるお手伝いができれば良いと思います。

島津義久の九州統一戦と豊臣秀吉の九州討伐戦

龍造寺氏を倒した島津氏は、北九州の勢力も傘下に加え、九州統一を着実に進めます。一方で、島津氏に初戦でやられ、大人しくしていた大友氏は龍造寺氏の崩壊に乗じて、立花道雪を派遣し、北九州の旧龍造寺領へ侵攻します。 立花道雪の留守を狙い秋月氏の軍勢…

戦国時代・九州地方の三国志

1582年に中央では、本能寺の変で織田信長が明智光秀に打たれる事件がありました。 その頃、九州地方では島津、大友、龍造寺氏の大名家が九州の覇権を取ろうと切磋琢磨していました。この3大名家で初めに衝突したのが、島津と大友氏でした。 rekishi-note.hat…

島津氏、大友氏、龍造寺氏による九州地方の三国鼎立時代

戦国時代は、日本中が戦乱に明け暮れた時代でした。 これまで、関東や東北、近畿地方などの状況を紹介して来ましたが、九州や四国地方にも目を向けてみたいと思います。 今日紹介する九州地方では、大きな大名家が三家も台頭しことから【九州の三国時代】と…

南北朝の動乱のはじまりは??

南北朝時代(日本)wikipediaより 室町時代は同じ武家政権の鎌倉時代や江戸時代と比べると安定してない印象を受けますね。そのイメージの原因の大半は戦国時代が始まったことが大きいです。そしてもう一つ。室町時代の開始と共に南北朝の動乱で朝廷が分裂し…

幕末の雄・長州藩毛利氏と戦国大名毛利元就の台頭

毛利氏の始まり 毛利氏は、源頼朝の側近として鎌倉幕府の政所の初代長官として幕府創設に貢献した大江広元が祖とされています。この多大なる功績を残した広元が得た所領のうち、相模国の毛利荘を息子の季光が毛利と名乗ったことから歴史が始まります。 毛利…

徳川家康の生涯【本能寺の変以降】

織田信長の横死した1582年の本能寺の変以降、政権の中心に立ったのは羽柴(豊臣)秀吉でした。本能寺の変以降の羽柴政権後、家康がどのように天下を掌握したのかをまとめていきます。 rekishi-note.hatenablog.com

徳川家康の生涯【幼少期~本能寺の変まで】

最終的に天下統一を果たし、その後太平の世にする礎を作った徳川家康。忍耐の人というイメージの家康がどんな人生を送ったのかを調べていきたいと思います。 幼名が竹千代だったのは割と有名なので幼名の頃は竹千代で行きますが、それ以降は名前がややこしい…

仙台藩初代藩主までになった伊達政宗の生涯 ②

前回の記事では、伊達政宗が南奥州の覇者となった所まで書きました。 rekishi-note.hatenablog.com 今日は、豊臣秀吉政権下での伊達政宗を見て行きたいと思います。

仙台藩初代藩主までになった伊達政宗の生涯 ①

歴史小説やドラマ、今ではゲームでも織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に負けないくらい人気の伊達政宗。以前、伊達氏について政宗の事を少しだけ書きましたが、人気が人気だけにひとつの記事にしようと言うことで人物伝として、伊達政宗にスポットを当てていき…

東北の雄、伊達氏の登場と東北の勢力争い

東北地方(奥州)は、平氏政権・室町幕府などの近畿地方ほ政権下では、政権中心から遠いため、独立的な勢力が生まれていました。しかし、鎌倉幕府・江戸幕府のような関東地方の政権では、東北地方までその影響が届いていました。