日本史が好きになる?歴史ブログ

このブログを見て、少しでも歴史を好きになるお手伝いができれば良いと思います。

人物伝

室町幕府最後の将軍・足利義昭の放浪人生

武家政権である幕府は日本の歴史上3つありました。 鎌倉幕府・室町幕府・江戸幕府、その中で室町幕府は一番軟弱な組織だと言われています。その理由として、守護大名の領土が将軍家よりも大きく、力があったためと言われています。それを是正するために足利…

酔った勢いで土岐氏断絶危機に!?【土岐頼遠】

土岐頼遠は鎌倉時代末期から南北朝時代に活躍した武将です。 かなりの破天荒ぶりを発揮していて衝撃的な人物なのですが、あまりメジャーな時代じゃないために埋もれがちな土岐頼遠を紹介していきます。

幕末の雄・長州藩毛利氏と戦国大名毛利元就の台頭

毛利氏の始まり 毛利氏は、源頼朝の側近として鎌倉幕府の政所の初代長官として幕府創設に貢献した大江広元が祖とされています。この多大なる功績を残した広元が得た所領のうち、相模国の毛利荘を息子の季光が毛利と名乗ったことから歴史が始まります。 毛利…

徳川家康の生涯【本能寺の変以降】

織田信長の横死した1582年の本能寺の変以降、政権の中心に立ったのは羽柴(豊臣)秀吉でした。本能寺の変以降の羽柴政権後、家康がどのように天下を掌握したのかをまとめていきます。 rekishi-note.hatenablog.com

徳川家康の生涯【幼少期~本能寺の変まで】

最終的に天下統一を果たし、その後太平の世にする礎を作った徳川家康。忍耐の人というイメージの家康がどんな人生を送ったのかを調べていきたいと思います。 幼名が竹千代だったのは割と有名なので幼名の頃は竹千代で行きますが、それ以降は名前がややこしい…

仙台藩初代藩主までになった伊達政宗の生涯 ②

前回の記事では、伊達政宗が南奥州の覇者となった所まで書きました。 rekishi-note.hatenablog.com 今日は、豊臣秀吉政権下での伊達政宗を見て行きたいと思います。

仙台藩初代藩主までになった伊達政宗の生涯 ①

歴史小説やドラマ、今ではゲームでも織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に負けないくらい人気の伊達政宗。以前、伊達氏について政宗の事を少しだけ書きましたが、人気が人気だけにひとつの記事にしようと言うことで人物伝として、伊達政宗にスポットを当てていき…

甲斐の虎・武田信玄の生涯を見てみよう

室町時代の甲斐の国は非常にゴチャゴチャしてややこしい混乱の時代でした。その甲斐の国の守護を世襲していたのが武田氏で、甲斐源氏宗家の家系です。 この時代、どこの大名家でもお決まりなのがお家騒動。武田宗家の内部争いは国人勢力だけでなく山内上杉氏…

徳川家康の父・松平広忠の悲運な人生に迫る

家康の父・松平広忠の人生を調べていきます。 家康の父親の動きが分からないと、 『家康が何故若い頃に今川氏の影響下にいたのか』 『家康が織田氏とどう繋がりがあったのか』 が分かりにくいので、折角ですから松平広忠の人生を詳しく取り上げていきます。

豊臣秀吉の出世人生!!どのようにして天下人となったのか??

日本の歴史上、超が付くほどの大出世をした人と言えば、豊臣秀吉をおいて他にいません。歴史上有名な人物でも、織田信長・徳川家康につぎ豊臣秀吉の名が上がってきます。 秀吉は、農民の出でありながら、織田信長に仕えドンドンと頭角を現していきます。 そ…

織田信長の壮絶なる人生に迫る!!

信長関連の記事はこれまでも書いてきたのですが、その生涯について迫った事がなかったので、今回は織田信長の一生について迫っていきたいと思います。 非常に密度の濃い人生を送った人物なので、長文になりましたがお付き合い下さい。

江戸城を築城した悲運の名将太田道灌

太田道灌は、1432年に相模守護代・太田資房の子として生まれました。 太田家は、代々関東管領を世襲していた上杉家の中の扇谷上杉家の執事を務めていました。上杉氏は、元々藤原氏からの支流のひとつで、藤原重房が京都から鎌倉へ行き、【上杉】姓を賜った事…

徳川家康の影武者伝説に迫る!!

戦国大名の多くは戦場において、命を奪われぬように『影武者』立てるのは良く聞く話ですが、関ヶ原の合戦に勝利をして、江戸幕府を開いた徳川家康も例外ではありませんでした。 徳川家康の影武者伝説は、桶狭間の戦いで家康が戦死し、すでに違う人物が家康と…

豊臣秀吉も恐れた、名将・蒲生氏郷の商人育成

蒲生氏郷は、戦国時代の武将で『稀代の英雄』とも称され、豊臣秀吉が徳川家康よりも恐れた人物とも言われています。 天下人となった秀吉が【百万の兵を率いれば誰が一番強いか?】と家臣たちに聞いた時、多くの人が徳川家康や前田利家と答えたのに対し、秀吉…

下剋上の先駆者・朝倉孝景と応仁の乱

朝倉氏と言うと、織田信長と戦った朝倉義景の名前が出てきます。 姉川の戦いでは、浅井長政と共に信長を退却させましたが、そのあとの一乗谷の戦いで信長によって滅ぼされてしまった事から、私的にはやられキャラなイメージがありました。 しかし、これは11…

難攻不落の小田原城の【後北条五代】100年の歴史

戦国時代、小田原城を本拠地に関東地方を北条氏が支配していました。 北条氏と言えば、鎌倉時代の歴代執権も北条氏でしたが、戦国大名の北条氏とは超が付くほど遠い血縁で、全く別物と区別されており、便宜上【後北条】と言われることが多いそうです。※ここ…

明治天皇の功績とその生涯

2018年は【明治】の改元から150年に当たるそうです。 日本の歴史的にみても、明治時代は大きな転換期にあたり重要な時代でもあります。 と言うわけで今日は、明治天皇について書いてみたいと思います。

藤原北家・五男の藤原道長はどうやって出世をしていったのか?

平安時代の摂関政治の代表的人物と言えば、藤原道長です。 父・藤原兼家の五男として生まれた道長は、有力な兄たちがいたためさほど目立った存在ではありませんでした。ようするに、父は摂政として権力を握っていたが、有力な兄たちがいたため、出世の見込み…

鎖国時代、開国思想を説いていたパイオニアがいた?

開国と言えばペリーの外交圧力に屈して・・・というイメージもありますが、江戸時代・鎖国体制下の日本国内においても開国の必要を訴えていた人物がいたそうです。 それが本多利明という人物。 先見の明のあったこの『本多利明』という人物が何をしたかにつ…

現代でもいけてる歴史上のイケメン人物

いつの世も女性の心をとらえるイケメンたち… この長い日本の歴史の中でも、現代までそのモテモテエピソードが伝わっている人物がたくさんいます。そこで今回は、歴史上のイケメン人物を紹介してい見たいと思います。

太平洋戦争時には不死身の日本兵がいた!?

戦争時には畏怖や尊敬の念を込めて多くの二つ名をつけられる人物が出てきます。『独眼竜』『鬼島津』など、戦国武将たちによく二つ名がつけられていますよね。 そんな様々な二つ名の中でも特に異彩を放った異名を持つのが舩坂 弘氏です。 不死身の分隊長、生…

実はかなり有能だった有名戦国大名の息子たち

戦国時代に父があまりにも偉大過ぎて過小評価されている超有名な戦国武将の息子たちですが、実はかなり優秀な武将でした。 今回は、そんな父の陰で有能さがイマイチ評価されていない戦国大名の息子たちにスポットを当ててみたいと思います。

【北条早雲】下剋上への道 其三 相模平定と北条氏5代

北条早雲による相模平定 早雲は、扇谷上杉家・上杉朝良から軍事協力の求めを大義名分として相模国の統一を目指します。

【北条早雲】下剋上への道 其二 伊豆討ち入りと戦国時代の幕開け

北条早雲、伊豆へ侵攻 室町8代将軍・足利義政が対立していた古河公方への対抗策として、幕府側から正式な鎌倉公方として足利正知を送り込みますが、鎌倉には入ることが出来ず、伊豆の堀越に本拠地を構えることになり【堀越公方】と呼ばれるようになりました…

【北条早雲】下剋上の道 其一 北条早雲(伊勢盛時)と今川家との関係

下剋上の始まりは、北条早雲が始まりとされています。 北条早雲は、小田原城を奪い相模を統一すると言う偉業を達成し、5代に渡り後北条氏の基礎を築いた人物です。 北条氏と言うと、鎌倉時代に執権として権力を思うままにした北条氏がいましたが、血のつなが…

後醍醐天皇と室町幕府成立と南北朝時代の背景

後醍醐天皇と足利尊氏は共に鎌倉幕府を倒しましたが、なぜ互いに対立してしまったのでしょうか? なぜ、室町幕府成立後に南北朝時代となってしまったのでしょうか? 今日は分かりずらい鎌倉末期~南北朝時代くらいまでの歴史的背景をわかりやすく紹介してい…

蒙古襲来【元寇】で元を退けた武闘派の執権北条時宗

1274年と1281年、当時大陸を支配してたモンゴル帝国が2度にわたり日本を進攻してきました。私たちはこの歴史的出来事を元寇や蒙古襲来と習いました。 1274年は、鎌倉時代で北条氏による執権政治が確立された頃です。当時の執権は8代目北条時宗で、元寇による…

戦国最強の島津義弘は、武勇だけではなく人情味あふれる人だった!!

島津氏と聞くと、幕末期の天璋院篤姫のお父さん島津斉彬を思い出す人も多いのではないのでしょうか? この島津斉彬は11代薩摩藩主でしたが、今日ご紹介する島津義弘は、初代藩主島津家久のお父さんになります。 義弘は戦国期の薩摩の英雄とされています。い…

肥前の妖怪・鍋島直正の生涯

明治維新の功労藩の名を表す『薩長土肥』の『肥』は『肥前』すなわち『佐賀』を指しています。その中でも『肥前の妖怪』という二つ名を持つ鍋島直正は希代の名君としても知られています。 今回はそんな佐賀藩の取り組みと蘭学狂いとまで言われていた鍋島直正…

明治維新の英雄、西郷隆盛はなぜ西南戦争に巻き込まれたのか?

2018年のNHK大河ドラマが西郷どん(セゴドン)に決まりました。 ちなみに、上記の写真は一説に要よると西郷隆盛でない説があるようです。