日本史が好きになる?歴史ブログ

このブログを見て、少しでも歴史を好きになるお手伝いができれば良いと思います。

どうして強国たちは日本を植民地にできなかったのか??

16世紀にヨーロッパでは羅針盤と造船技術が発達し、各国が大西洋やインド洋を横断して、新しい大陸を発見し競い合うように植民地化して行きました。 18世紀中頃から19世紀になると、その地域は東南アジアに広げられて、わが国のある東アジアまで迫っており、…

絵で見る律令制への道【壬申の乱以降】

イラストシリーズ『律令制への道』第4弾です。 前回は壬申の乱の勃発したところで終了したので、その結果から始めていきます。 rekishi-note.hatenablog.com

本能寺の変を知っていても毛利氏は、秀吉を追撃しなかった!?

1582年、明智光秀が織田信長を討った本能寺の変が起こったのは、日本人であれば多くの人が知っている歴史的事件ではないのでしょうか? 明智光秀は、信長を討ったのち、各大名に同調の書状を送っていました。その中の一つに、織田家の家臣羽柴秀吉が、中国地…

徳川家康の影武者伝説に迫る!!

戦国大名の多くは戦場において、命を奪われぬように『影武者』立てるのは良く聞く話ですが、関ヶ原の合戦に勝利をして、江戸幕府を開いた徳川家康も例外ではありませんでした。 徳川家康の影武者伝説は、桶狭間の戦いで家康が戦死し、すでに違う人物が家康と…

豊臣秀吉も恐れた、名将・蒲生氏郷の商人育成

蒲生氏郷は、戦国時代の武将で『稀代の英雄』とも称され、豊臣秀吉が徳川家康よりも恐れた人物とも言われています。 天下人となった秀吉が【百万の兵を率いれば誰が一番強いか?】と家臣たちに聞いた時、多くの人が徳川家康や前田利家と答えたのに対し、秀吉…

原爆投下と太平洋戦争の終結

2回に分けて、第二次世界大戦と太平洋戦争までの経緯を書いてきましたが、今回は、太平洋戦争で日本が敗戦したプロセスを書いて行きたいと思います。

第二次世界大戦の開戦から太平洋戦争への経緯

以前、世界恐慌から第二次世界大戦への記事では、大戦の引き金となった事件などを踏まえながら、第二次世界大戦の開戦の経緯を書きました。 今回の記事では、第二次大戦が開戦して、太平洋戦争に至るまでの経緯を書いて行きたいと思います。

世界恐慌から第二次世界大戦へ

1945年8月15日に日本がポツダム宣言を受諾し、【終戦】を迎えて70年以上の月日が流れました。 今わが国では安倍政権の下、戦後に日本の再スタートの基本となった【日本国憲法】の解釈をめぐる協議がされています。自衛隊の明記や日米同盟の安全保障の在り方…

戦国時代の記事まとめ・年表

記事がたくさんあるので、後から検索しやすいように記事をまとめてみました。年表と共に使ってください。リンク先は今後増やしていきます。

室町時代の京は、みんなのあこがれの場所だった

室町い時代の京都は、各地方の大名や国人たちにとって華やかで憧れの街でもありました。京から国元へ帰った各地の大名たちは、こぞって京都に模した地名を作り、寺社を建築して【小京都】と呼ばれる城下町をつくり始めました。 【京都=中央】の幕府に習い、…

室町・戦国期に頻発した庶民の反乱・一揆

戦国史・序章で大名だけではなく、各地で土一揆も発生し、山城でも国人たちによる国一揆が起こったと触れました。 今日は、室町・戦国期に起きた一揆についてまとめてみました。

下剋上の先駆者・朝倉孝景と応仁の乱

朝倉氏と言うと、織田信長と戦った朝倉義景の名前が出てきます。 姉川の戦いでは、浅井長政と共に信長を退却させましたが、そのあとの一乗谷の戦いで信長によって滅ぼされてしまった事から、私的にはやられキャラなイメージがありました。 しかし、これは11…

東軍・細川勝元と西軍・山名宗全による応仁の乱の始まり

上御霊社の戦いの後、数か月は平穏な時が流れていましたが、その間に細川派は反撃の準備を着々と進めていました。 rekishi-note.hatenablog.com そして、1467年5月に細川派が山名派に反撃する形で応仁の乱が始まります。

絵で見る律令制への道【白村江の戦い】

絵で見る律令制への道、第3弾です。 今回は日本史上初の対外戦争・白村江の戦いと大規模な内戦でもある壬申の乱に向かった流れに焦点を当てていきます。 乙巳の変の原因が蘇我氏と中大兄皇子・中臣鎌足の外交路線が違った説をとった上で解説していますので…

利休七哲と茶道の歴史

以前、千利休の切腹について記事を書いた際に、利休七哲について書くと言いました。 そこで今日は、茶道の歴史を勉強しながら、利休七哲を書いてみたいと思います。

なぜ、武士でない千利休が豊臣秀吉に切腹させられたのか??

千利休は、秀吉の時代頃の茶人です。 わび茶を完成させたとされて、茶聖とも言われています。 当時の茶人、津田宗及と今井宗久と茶湯の天下三宗匠と呼ばれていまいた。

室町幕府将軍家の後継者争い

室町時代中期、8代将軍・足利義政は、1449年~1473年まで在職しました。 将軍就任当初は、祖父・義満や父の政策の復活を試み、積極的に政治を行っていましたが、日野富子や細川勝元、山名宗全等の有力な守護大名が政治介入していき、義政主導の政治が困難に…

序章・応仁の乱から下剋上の戦国時代へ

室町幕府成立と幕府の黄金期 鎌倉幕府が滅亡後、後醍醐天皇が【建武の新政】を行いましたが、公家優先の政治方針を取ったため、武士たちは不満が募ります。

毛利氏はなぜ秀吉の中国大返しに追撃をしなかったのか??

羽柴秀吉(豊臣秀吉)は、織田信長の命を受け、毛利氏の治める中国地方へと遠征をしていました。戦いも中盤に差し掛かり、備中高松城の戦いで清水宗治が治める高松城を水攻めをしていた時にそれは起こりました。 1582年(天正10年)の本能寺の変です。 主君であ…

関白・豊臣秀次切腹事件は秀吉の組織運営の大失敗にあった!?

豊臣秀吉の晩年の【朝鮮出兵】と【秀次切腹事件】は愚行とされていることが多いですが、朝鮮出兵に関しては、キチンとした理由もあるのではないかと考えられています。 rekishi-note.hatenablog.com そこで今日は、豊臣政権が崩壊した理由の一つでもある、【…

【人たらし】豊臣秀吉の天下統一の秘策は、最強の人心掌握術にあった!!

長い日本の歴史を見ても、豊臣秀吉のように農民の出から最後は関白まで大出世をしたのは、そうそういないでしょう。 その秀吉には、何か人より長けたところがあったのでしょうか? 強大な軍隊を持っていたからでしょうか? 莫大な経済力があったからでしょう…

豊臣政権が崩壊した理由を検証

織田信長が天下取りへの道筋をつけ、豊臣秀吉が天下人として成就させ、徳川家康が天下泰平の世を築いたのはみなさんご存じの通りです。 織田信長の子孫は、信長の次男である信雄の子孫が旗本や藩主として江戸時代も残り、徳川家康の子孫はあらゆる分家に別れ…

3人の戦国武将に学ぶお金の稼ぎ方のマインド

お金を稼ぐために一番必要なモノ… 書籍などの様々なメディアには、才能・センス・人脈・努力が必要だと書かれています。たしかに、これらは無いよりもあった方が良いのですが、本当は心構えや考え方だったりします。 どんなにお金を稼ぐセンスがあっても、使…

戦国大名一番乗りに政権掌握していた三好氏とは!?

三好氏は、信濃源氏の一族で鎌倉時代の承久の乱以降、阿波守護となった阿波小笠原氏の末裔です。阿波三好郡を本拠地にしたことから、三好と名乗るようになりました。 室町時代には、阿波守護の細川氏の守護代を務め、戦国時代に入ると三好長慶が、管領の細川…

どうして名門武田氏は滅亡したのか?

どうして名門武田氏は滅亡したのか? 武田信玄を輩出した清和源氏の流れをくむ武田氏が、信玄没後10年で滅亡したのは一体どうしてなのか?? 今日は、そんな武田氏が滅亡した理由について考えてみました。

桶狭間の戦いは奇襲攻撃ではなく新しい説が浮上した!?

以前、織田信長はどうして今川義元に勝つこができたのか?と言う記事を書かせてもらいました。 その記事では、桶狭間で休息している今川軍を少数の織田軍が背後の山から奇襲攻撃仕掛け、勝利したと書きました。 rekishi-note.hatenablog.com

足利尊氏の肖像画がいつの間にか変わっていた!?

みなさんこの肖像画を御存じだろうか? わたしの様に数十年前に歴史の授業を受けた人ならお分かりだろうが、室町幕府初代将軍足利尊氏公と認識していた肖像画です。 黒い馬に乗った、人物はいかにも武士らしく子どもながらに、将軍だから強いんだろうなとイ…

戦国時代、最強軍師ランキング!

軍師と言えば、武将に仕えて戦略や戦術などを献言する参謀のイメージがありますが、このような軍師像は戦国中期に登場した新しい形のものでした。 それまでの軍師は、陰陽道などの占術に長けた【軍配者】であったと言います。出陣に際して吉凶を占い、日時や…

豊臣秀吉が朝鮮出兵をした本当の理由

農民出身の豊臣秀吉が織田信長の後を継ぐような形で天下を統一し、関白太政大臣にまで上り詰めた功績は歴史上賞賛に値します。 しかし、華々しい功績とは対照的に晩年秀吉が行った朝鮮出兵による文禄・慶長の役では、その出兵目的が史料的に明確にされていな…

難攻不落の小田原城の【後北条五代】100年の歴史

戦国時代、小田原城を本拠地に関東地方を北条氏が支配していました。 北条氏と言えば、鎌倉時代の歴代執権も北条氏でしたが、戦国大名の北条氏とは超が付くほど遠い血縁で、全く別物と区別されており、便宜上【後北条】と言われることが多いそうです。※ここ…