日本史が好きになる?歴史ブログ

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忍者にはコミュ力が必要だった!?

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忍者といえば、黒い忍び頭巾を被り、鎖雄子をのぞかせた筒袖を着て、袴をはき、忍者刀を帯びるといった、いわゆる忍者装束を着て十字を切り、印を結び、呪文を唱えさえすれば、たちまち煙とともに消え失せたり、あるいはヘビやガマなどに変化すると言ったイメージもあることでしょう。

 

私たちが呼んでいる【忍者】と言う名も、昭和30年ころに「忍術をもちいてしのび入り、大事なものを盗んで戻ってくる」とテレビや漫画などから定着したそうです。

 

忍者の起源は、南北朝以降の荘園支配に抵抗した悪党たちと考えられています。

歴史的には【忍び】と呼ばれており、【乱波(らっぱ)】【透波(すっぱ)】【草(くさ)】【奪口(だっこう)】などと地域によって様々な名前で呼ばれていました。

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忍者【忍び】は戦わない

戦国時代の忍び達は、各地の大名に召し抱えられ、敵国への侵入、放火、破壊、夜討、待ち伏せ、情報収集などの任務に従事していました。

これらの任務で一番重要だったのが、敵方の状況を主君に伝えることだった事から、極力戦闘を避け、生き延びて戻ってくる必要がありました。

 

江戸時代になってくると、情報を得たり警護をすることが主な任務となり、隣国の政治状況を知って自国の政治に活かすということもしていました。

 

忍者の情報収集は、屋根裏に潜んで会話を盗み聞きするイメージがありますが、実際はその土地の人と仲良くなって情報を聞き出すことの方が多かったそうです。そのため、臨機応変な適応力・見聞きした事を覚える記憶力・相手から情報を聞き出すコミュニケーション能力が重要視されました

 

 

忍者だって人間

ドラマやアニメでは高い城壁などをピョンと飛び越えて敵の城へ忍び込んだりもしますが、実際の忍者は私たちと同じ人間です。いくら訓練をしているからと言って何メートルも高い城壁を飛び越えられるはずがありません。

 

そんな敵城の壁が高い時は、遠くから穴を掘り忍び込んだり、壁に塩水を毎日吹きかけて腐らせたりするなど、地道な事をして忍び込んでいました。

 

江戸時代になると、忍術の方法や心構えを記した忍術書が書かれるようになりました。

忍術書には、登器・水器・開器・火器等の道具などが記載されているほか、交際術・対話術・記憶術・伝達術・呪術・医学・薬学・食物・天文・気象・遁甲・火薬など多様な記述がなされています。

忍術とは、総合的知識に基づくサバイバル術と位置づけることができるようです。

 

武器と言えば手裏剣が代表的ですが、古武術の専門家に言わせると、手裏を実際に使う場面として小動物を対象とした食料調達に最も効果があると言う事で、対人武器としては、必ずしもメインで使っていなかったそうです。

 

 

五郎丸のあのポーズは忍者の印を結んだ形に似ている

忍者がよくする、あの五郎丸に似た【】結ぶポーズですが、印を結んだ際の脳波や心拍数を調べた結果、ストレスが緩和されて、落ち着いた状態になっていることが、大学の研究で分かりました。

 

あのラグビー日本代表五郎丸歩選手がキック前に印に似たポーズを取ることから、もしかしたら、忍者の印を結んだ時のように同じ効果が得られているのでは?とも考えられています。

 

 

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